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最高裁判所第一小法廷 昭和56年(オ)1243号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人富岡健一、同木村静之の上告理由について

一  原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

1  上告会社は、昭和四年土地の売買等の営業を行うことを目的として設立された合資会社であつたが、昭和一六年合名会社に組織を変更するとともに、その目的を、各種繊維の売買、特殊繭及び各種繊維の反毛・脱色・脱脂・染色並びにその化学的処理、土地の売買等の営業を行うことに変更した。

上告会社の社員(括弧内はその原始社員とその死亡の年)及びその出資の価額は、金子竜太郎及び鈴木栄一が商法八四条に基づき退社の意思表示をした昭和四九年八月一〇日の直前において、次のとおりである。

清水三郎(清水熊太郎、昭和三九年死亡) 二万〇二五〇円

被上告人(小松徳三郎、昭和二九年死亡) 一万三五五〇円

大林茂(大林正志、昭和三八年死亡) 同右

清水昭好(清水寿一、昭和四三年死亡) 同右

金子竜太郎(金子原司、昭和四八年死亡) 同右

鈴木栄一 六七七五円

2  上告会社は、昭和一六年の右の組織及び目的の変更により、実際の業務としては、社員である製糸業者から委託を受けて製糸の工程で生ずる副蚕糸の製品化を図る共同処理工場を経営することになつたが、昭和二〇年六月工場が空襲を受けその営業を停止するに至つた。その後、上告会社の社員のうち亡清水寿一、亡大林正志及び清水三郎の三名は、引き続き製糸業を営んでいたことから、昭和二五年丸共精練株式会社(以下「訴外会社」という。)を設立し、右三名ともその代表取締役に就任したうえ、訴外会社の名において上告会社のほとんど唯一の財産というべき土地建物を使用して、上告会社が従前行つていたと同様、右三名の製糸業者から委託を受けて副蚕糸の製品化をする業務を開始して現在に至つている。訴外会社には、現在、亡清水寿一を承継して清水昭好、亡大林正志を承継して大林茂、そして右清水三郎及び外一名が代表取締役に就任している。なお、上告会社の社員のうち被上告人の先代である小松徳三郎を含むその余の三名はすでに製糸業を廃業していたことから、訴外会社の設立に全く参画しなかつたが、訴外会社を設立した亡清水寿一、亡大林正志及び清水三郎は、訴外会社を設立し上告会社の所有不動産を使用させることについて、右設立に参画しなかつた小松徳三郎ら三名の承諾を得なかつた。

3  上告会社は、その所有不動産を訴外会社に使用させるのみで、本来の営業活動を全く行つておらず、訴外会社から支払われる賃料名下の金員は、その不動産の価格(昭和五〇年一二月一日の時点で一億四〇〇〇万円)に比し、著しく低額(昭和五四年四月一日から昭和五五年三月三一日までの一事業年度についてみると、年額四六八万四八〇〇円である。)であつて、これを唯一の営業収入としており、このため、右収入の大部分は公租公課及び清水三郎に対する役員報酬の支払に充てられ、上告会社の利益はほとんど生じない状態が続いている。なお、清水三郎は、右役員報酬の中から、上告会社の他の社員に対し昭和四〇年ころから一年に二回程度前記出資額の倍額程度の名目的な利益配当を行つている。

上告会社の代表社員は登記上久しく鈴木栄一となつていたが、同人は単なる名目上の代表社員にすぎず、経営の実権は清水三郎が掌握し、会社の代表者印を管理し、鈴木栄一に対しこれを引き渡さなかつた。

4  上告会社は、右のとおり、もともと製糸業を営む社員六名の共同利益のために製糸の工程で生ずる副蚕糸の製品化を図る共同処理工場として発足したものであるが、戦後経済情勢の変化により社員のうちにやむなく製糸業を廃業する者が続出し、製糸業を継続する社員三名は、訴外会社の営業によつて利益を受けるものの、製糸業を廃業した社員三名は、訴外会社が支払う賃料名下の低額な金員を原資として行われるわずかな名目的な利益の配当を除くと、訴外会社の営業によつてはなんら利益を受けることがなくなつた。このように、上告会社の社員間には、製糸業を継続する社員と廃業した社員との間に、深刻な利害の対立状態を生ずるに至つた。

そこで、被上告人は、右のような社員間の利害の対立状態を打開するため、昭和四二年ころから大手の下請会社となる案、ボーリング場を建設する案、上告会社の所有土地を売却するか又はこれを分割する案、上告会社と訴外会社とを合併する案、社員の持分の自由譲渡を認めるように定款を変更する案など種々の提案をしたが、いずれも採用されなかつた。

5  被上告人と同様製糸業を廃業した金子原司の承継人である金子竜太郎及び鈴木栄一は、昭和四九年八月一〇日上告会社を退社する意思表示をしたうえ、上告会社に対し持分払戻を求めて訴えを提起し、右訴訟は係属中である。右鈴木栄一は名目的にせよ上告会社の代表社員であつたので、同人が退社したことにより、上告会社は、代表社員を欠くに至つたが、上告会社の定款によれば、代表社員は総社員の同意をもつて選任されることになつているため、社員間の意見の対立によつて後任の代表社員をいまだ選任することができない状態にある。

二  商法一一二条一項が合名会社の社員に会社の解散請求権を認める事由として定めた「已ムコトヲ得ザル事由」(以下「解散事由」という。)のある場合がいかなる場合かについて考えるに、合名会社は社員間の強い信頼関係が維持されていることを会社存立の基礎とする人的会社であるから、感情的な原因により、社員間の信頼関係が破壊されて膠着した不和対立状態が生じ、会社の目的たる業務の執行が困難となり、その結果会社ひいては総社員が回復し難い損害を被つているような場合には、これを打開する手段のない限り、解散事由があるものというべきであるが、右のような場合のみならず、合名会社は総社員の利益のために存立する目的的存在であるから、会社の業務が一応困難なく行われているとしても、社員間に多数派と少数派の対立があり、右の業務の執行が多数派社員によつて不公正かつ利己的に行われ、その結果少数派社員がいわれのない恒常的な不利益を被つているような場合にも、また、これを打開する手段のない限り、解散事由があるものというべきである。しかしながら、右のいずれの場合にも、そこでいう打開の手段とは、その困難な事態を解消させることが可能でありさえすれば、いかなる手段でもよいというべきではなく、社員間の信頼関係が破壊されて不和対立が生ずるに至つた原因、解散を求める社員又はこれに反対する社員の右原因との係わり合いの度合、会社の業務執行や利益分配が解散を求める社員にとつてどの程度不公正・不利益に行われてきたか、その他諸般の事情を考慮して、解散を求める社員とこれに反対する社員の双方にとつて公正かつ相当な手段であると認められるものでなければならないと解するのが相当である。

三  右の見地に立つて、本件をみるに、原審の確定したところによれば、上告会社は、もともと製糸業を営む社員に共通した営業を行うために設立された会社であるが、その後の経済情勢の変化により、製糸業を継続する多数派社員と製糸業を廃業した少数派社員の二派が生じ、その間に決定的な利害の対立状態が存在し、このため、上告会社は一応不動産賃貸の営業を行つてはいるものの、多数派社員による不公正かつ利己的な業務執行によつて少数派社員に恒常的な不利益が生じている状態にあるものといわざるをえないから、これを打開すべき手段が存在しない限り、上告会社には解散事由があるものというべきである。

そこで、上告会社の右の事態を打開すべき手段の有無についてみるに、製糸業を廃業した社員三名のうち、被上告人を除くその余の二名はいずれも上告会社を退社したうえ、上告会社に対し持分払戻を請求しており、残るは被上告人のみであるから、上告会社が主張するように、被上告人が退社して持分払戻を請求する方法を選択しさえすれば、上告会社における両派の対立する前提が失われ、社員間の利害の対立状態は当然に解消するとともに、被上告人はその出資金を回収することができる筋合である。しかしながら、原審の確定した事実によれば、上告会社は、被上告人が退社した場合における持分払戻に充てるべき財源としての経常収入はなく、その所有不動産を売却換金するのでなければ、被上告人の持分払戻請求に応ずる資金を捻出することはできないが、そうすると、上告会社はその存続する基盤を失うことにならざるをえないから、上告会社を維持存続させようとする社員の必死の抵抗が予想され、被上告人の持分払戻請求権が債権として実現するには多大の困難と長い年月を要することが避けられない。しかも、そもそも上告会社の社員間の利害の対立は、客観情勢の変化によつて製糸業を廃業する社員が生じたのち、製糸業を継続する社員が、その中に業務執行社員を擁していたこともあつて、製糸業を廃業した社員の利益を無視して訴外会社を設立し、これに対し上告会社の所有不動産を低額な賃料で賃貸し、訴外会社に上告会社と同じ営業をさせて、上告会社をその本来の営業につき事実上休業状態にしたうえ、製糸業を廃業した社員には名目的な利益配当を行つてきたことから生じたものというべきであつて、上告会社の社員間の利害の対立の原因は、おしなべて製糸業を継続する社員の不公正かつ利己的な行為にあるものというべきであるから、上告会社の社員間に利害の対立が生じたことにつき特段の帰責事由の認められない被上告人に対し、その意思に反する退社の方法を選択させ、かつ、債権としてその実現に問題のある持分払戻請求権を行使することを強いることは、著しく不公正かつ不相当であるというべきである。したがつて、被上告人に対し退社を求めることは、上告会社における社員間の利害の対立によつて少数派社員に生じている恒常的な不利益状態を打開する手段として公正かつ相当な手段であるということはできない。そして、他に上告会社の右の現状を打開すべき手段はないのであるから、結局、上告会社には解散事由があるものというべきである。

以上と結論において同旨の原審の判断は正当として是認することができ、論旨は、独自の見解に基づき原判決を論難するものであつて、採用することができない。

四  よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高島益郎 裁判官 谷口正孝 裁判官 角田禮次郎 裁判官 大内恒夫)

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